最近、ある企業様から相談を受けた。
その企業は、複数の事業を掛け合わせながら経営する中で、海外から生活雑貨を仕入れる貿易事業にも力を入れている会社だった。代表の方は、別の事業でキャリアを積んだ後、視野を広げるために貿易事業に着手し、今では海外の展示会に自ら足を運び、ユニークで質の高い製品を発掘することにこだわりを持っている。実際、あるヨーロッパ製の生活雑貨については、日本での独占的な取り扱い権を得るまでに至っていた。
相談で印象的だったのは、代表がその商品との出会いのエピソードや、製造背景のこだわりを、次々と熱く語ってくれたことだ。ホームページやカタログにも、商品を使っているシーンの写真など、素材自体はすでに揃っている。

機能的な価値は語れるのに、なぜか響かない
その商品には、明確な機能的価値があった。「〇〇しなくていい」「持ち運びが自由」といった、使えばすぐにわかる便利さだ。代表はそれを、誰よりも具体的に説明できる。
しかし、話を聞いていて、そしてホームページやカタログの素材を見ていて感じたのは、機能の説明と、その先にある「使う人にとってのプラスの価値」との間に、大きな断絶があるということだった。素材はある。写真もある。けれど、それらが「誰の、どんなプラスの価値のために」置かれているのかが、まだ言葉になっていない。
ペインポイントとゲインポイント
ここで一度、言葉を整理しておきたい。マーケティングには「ペインポイント」と「ゲインポイント」という、対になる考え方がある(※1)。顧客が感じる不満・困りごとやリスク等を「ペインポイント」、顧客が期待・希望する便益や成果等を「ゲインポイント」と定義する。ゲインポイントは、機能的な形で現れることもあれば、情緒的な形で現れることもある。大切なのは「情緒かどうか」ではなく、「顧客の不満やリスクの先に、期待・希望している便益や成果があるかどうか」という視点そのものだ。
実際、花王の「めぐりズム」も、この転換をたどったブランドとして知られている(※2)。もともとは、体を温めて痛みやこりを和らげるという、悩みの解消(ペインポイント)を軸にした商品だったが、使用者から「癒される」「気持ちいい」という、当初は想定していなかった声が寄せられたことをきっかけに、蒸気の心地よさというゲインポイントへと軸足を移し、新たな市場を切り開いていった——というのが、広く知られているブランド転換の経緯だ。
この事例から得られる教えは、「その企業の担当者が優れていた」という個別の話ではない。
**生活者を「困りごと(ペインポイント)」だけで観察するのではなく、顧客自身もまだ十分に言葉にできていない「プラスの価値(ゲインポイント)」の兆しを観察し、そこに感性を働かせて拾い上げ、商品やコト(体験)づくりに結びつけていく**——という、再現可能な観察の型だ。

実は、良い商品を見抜く「目利き力」も、本質的には同じ力だと思っている。海外の展示会で「良いものを見抜く」という行為も、ものの機能ではなく、それが誰にどんなプラスの価値をもたらすかという、まだ言葉になっていない部分を感性で捉える力だからだ。ここにも、誰に・どんな価値を提供できるかという、マーケティングの基本が入っている。
この話を件の代表にお伝えしたところ、「まさに今、自分たちが直面している状況と同じかもしれない」と、強い関心を示してくれた。実際、代表が掲げる経営理念には「お客様の満足と幸福の追求」という言葉があり、その中にはすでに、困りごとの解消(ペインポイント)と、それとは別にプラスとして求められている価値(ゲインポイント)という、性質の異なる2つの顧客体験が内包されていた。ただ、それが意識的に観察され、言葉として拾い上げられていなかっただけなのだ。
ゲインポイントの観察を、商品・コトづくりに結びつける
Yuima経営デザイン室では、ペインポイントだけでなく、ゲインポイントを起点とした商品企画・開発を行っている。困りごとの解消だけを目指すと、商品はどうしても機能やスペックの勝負に閉じやすい。一方、生活者自身もまだ自覚し言葉にできていないプラスの価値の兆しを観察し、感性を働かせて拾い上げ、それを商品や体験の設計に結びつけていくと、その企業にしかない独自の価値——それは機能の形をとることもあれば、情緒の形をとることもある——が立ち上がってくる。
これは、BtoBからBtoCへと踏み出そうとする企業にとって、一つの出発点になるのではないかと考えている。
BtoBの商品企画は、多くの場合、取引先の要望=困りごとを起点に進む。しかしBtoCの生活者は、困りごとの解消だけでなく、まだ自分でも言葉にできていないプラスの価値を求めて商品を選ぶことが多い。
改善策はシンプルだ。ペインポイントの解消だけで満足せず、その先にあるゲインポイントへと観察の視点を転換すること。それが、良い商品や技術を持ちながら「なぜか伝わらない」企業にとって、伝わるブランドへの一番の近道だと考えている。

**出典**
(※1)顧客が感じる不満・困りごとやリスク等を「ペインポイント」、顧客が期待・希望する便益や成果等を「ゲインポイント」とする整理は、A. Osterwalder他『バリュープロポジション・デザイン』(翔泳社)等で紹介される、バリュープロポジションキャンバスにおける「Pains」「Gains」の考え方を基礎としている。
(※2)「めぐりズム」のブランド転換の経緯については、以下を参照。
・小泉篤「『花王めぐりズム』新市場創造へのチャレンジ──ゲインポイントからの価値の創出」『MARKETING HORIZON』2024年5月号、日本マーケティング協会。https://horizon.jma-jp.org/?p=4209
※本記事は実際のご相談内容をもとに、企業が特定されないよう大幅に抽象化・再構成しています。

コメント